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銀杏泥棒とほら吹き宮司【お試し版】 - 2012.05.01 Tue

 『銀杏泥棒とほら吹き宮司』のお試し版です。
 作者:藍川いさな



「まゆちゃん、お願い!」
 梨恵子の「お願い」は、今月に入ってもう何度目だろう。繭子は書きかけの日誌から顔を上げると、少々大袈裟なため息をついた。
「一昨日も、したばかりだったよね?」
「今回は本当だから!」
 すがるような目をして、まるで神頼みでもするかのように梨恵子は手を合わせる。
「お願い、まゆちゃん!」
 時は放課後。人もまばらになった教室に、やけに大きく梨恵子の声が響き渡る。
 いつものことなので、今更級友たちも気にしていない。ちらりとこちらを一瞥しただけで、すぐに話の輪に戻ってしまった。
 澤田梨恵子とは物心付いた頃からの付き合いだ。いわゆる幼なじみという関係である。
 今年はクラスが離れてホッとしていたが、休み時間、昼休み、放課後と顔を出してくる。お陰でクラスは違うが、梨恵子は繭子のクラスでも知らない者はいない。
 梨恵子の両親は彼女に対して大層甘い。一人娘だからという理由もあるだろうが、大事な跡取り息子である長兄を十年前の戦争で亡くしてしまったからことが一番大きいのかもしれない。
 十歳上の兄敬介は、澤田家の自慢の跡取り息子であり、梨恵子にとっては自慢の兄だった。
 そんな敬介が戦地で亡くなったという知らせが届いたのは、終戦の年の銀杏が黄金色に色づく季節だった。
 以来、梨恵子は繭子にべったりとくっ付いて回るようになった。同い年でも背が高く、弟が二人いるせいか頼りやすいのだろう。
 繭子を兄代わりに何かにつけて頼って来るようになったが、高等学校に上がった今でも続くとは夢にも思わなかった。
「ねえ、まゆちゃん……いいでしょう?」
 繭子の机にしがみつくと、大きな潤んだ瞳でじっと見上げる。可愛らしくおねだりをする仕草は、幼い頃のままだ。
「まゆちゃん」 
「だめ」
 きっぱりと繭子が断ると、「そんなあ」と甘えた声を梨恵子は上げる。
「どうして? 梨恵子、繭ちゃんしか頼る人いないのに」
 そんな風に悲しそうに見上げるのは反則だ。昔からこの顔に騙されてきた。
「やだって言ったら、絶対に嫌」
 ここで折れては駄目だ。繭子は自分に言い聞かせ、鉛筆を握り直し日誌に向かおうとするが。
「わ! ちょっと、何するのよ!」
 梨恵子が突然机に広げた日誌を取り上げると、しっかりと胸に抱き締める。
「これ書き終わらなかったら帰れないじゃない!」
 取り戻そうと手を伸ばすが、梨恵子はひらりと身をかわしてしまう。
「先に梨恵子の話、聞いてってば!」
「何度もお願いをする人の話なんて、聞いていられません!」
 日直の仕事を終わらせなければ帰宅できない。
 いや、その前に担任への提出が遅れると非常に面倒だ。繭子としてはお小言をいただく前に仕事を終わらせてしまいたいのだが、それを梨恵子が許してくれない。
「梨恵子、返しなさい!」
「いや」
 席から立ち上がった繭子は日誌を取り戻そうと手を伸ばす。しかし梨恵子は奪われてたまるものかと、日誌を抱えてしゃがみ込み、肩を震わせて泣き出してしまった。
 出た! 梨恵子の泣き落し!
 どうせ嘘泣きだとはわかっているのに、いざ目の前で泣かれてしまうと、つい狼狽えてしまう。
「ちょっと……もう、それくらいで泣かないでよ」
「だって……!」
 日誌をがっちりと抱き締め、梨恵子は声を震わせる。級友たちも彼女の嘘泣きには慣れている。「ああ、またか」という目をちらりと向けるだけで、助けてくれようともしない。
 それでも繭子は他の級友たちに救いを求め、懇願の目を向ける。しかし、彼女らは力なく頭を振ると「諦めなさい」という視線を送るだけ。
「……もう! わかったわよ!」
 とうとう繭子は音を上げてしまう。
 一方梨恵子は、今泣いていたカラスはどこへやら。可愛らしさ全開の笑顔で繭子の首根っこに抱き着いてきた。
「ありがとう、まゆちゃん、大好きっ!」
 あーあ……わたしの大莫迦者……。
 繭子はげんなりしながら、天井を仰ぐ。
「それで。今回のお願いは? 何?」
 嫌味を含ませて訊ねるものの、肝心の梨恵子はまったく気づいてすらいない。
「あのね、ギンナン拾いに付き合って欲しいの」
「ギンナン?」
 そんなことがお願い?
 訝しげな表情を浮かべる繭子に、ただ満面の笑みを浮かべる梨恵子であった。


 *  *  *


 暦の上ではまだ秋だが、吹き付ける夜風はすでに切りつけるように冷たい。
 ここ数日もう冬だと言っても過言ではないくらいだ。空に昇った下弦の月。いつもよりも冴々とした光が、忍び足で夜道を進む二人を照らす。
 家族には「梨恵子の家で勉強会をするから帰りが遅くなる」と告げてあった。
 梨恵子もまた、家族には「まゆちゃんの家で勉強会をする」と告げてきたという。
 つまりはお互いが、お互いの家で勉強をすると嘘を付いてきたわけだ。当然梨恵子の提案である。
 繭子は気が気でなかったが、梨恵子は「絶対に気づかれないから大丈夫だよ」と能天気なものである。
「あーもう寒い……」
 親に嘘をついてまで、どうしてこんなことをしているのだろう……。
 マフラーに鼻先まで埋めて、繭子はくぐもった声で呟く。
 制服の上に学校指定のコートを羽織っただけでは物足りず、臙脂色の毛糸のマフラーをぐるぐる巻き付け、スカートの下には厚手のタイツと膝丈の白靴下を重ね履きしていた。
 もちろん手袋も着用している。ブレザーの下にはセーターも着込んでいるものだから、繭子はふくふくと着膨れている。少々見てくれはよろしくないのは重々承知していたが、寒さを凌げるなら構わなかった。
 一方梨恵子は制服もコートも同じだというのに、寒さなどものともしない様子である。
 柔らかそうな白いマフラーは、防寒のためというよりはお洒落のためにしているに過ぎない。
 もちろん繭子のように下に色々着込んだりはしない。膝丈のスカートがひらりと揺れるたびに、剥き出しの白い足が覗く。
 冷たい外気に当たって寒くはないのだろうかと、梨恵子の背中で跳ねるお下げ髪を眺めながら思う。
「あー……もう、ホント寒い……」
 おばあちゃんのカイロを借りてくればよかったと、冷たい風に身を震わせながら後悔していると。
「えー? まだそんなに寒くないよ。相変わらず寒がりだね」
「寒いんだから仕方がないでしょ」
 普段だったらもうとっくに、暖かい炬燵に入っている頃だ。
 誰のせいで、こんなに寒い中を歩く羽目になったのだと言い返したいところだが、歯の根が合わず無言でやり過ごす。すると。 
「まゆちゃんってば、おばあちゃんみたい」
 花も恥じらう乙女に向かって、おばあちゃん呼ばわりとは何事か。
 一瞬、怒りを覚えたものの、この寒さの中では怒りを持続するのは難しかった。
「うるさいな……」
 繭子は無愛想な返事を返す。
 もう、絶対梨恵子のお願いなんて聞いてやらないんだから。
 数歩先を進む梨恵子の後姿を眺めながら、繭子は密かに決意を固める。
 しかし、嘘泣きだとはわかっていても、梨恵子に泣きそうな顔をされると罪悪感がたちまち胸を占めてしまう。

《以下、紙ふうせん第三号に続く》

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