2017-05

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必勝の条件【お試し版】 - 2010.12.05 Sun

 『必勝の条件』のお試し版です。
 作者:永坂暖日


 白くけむる息とともに差し出されたのは、赤い色の鮮やかなパッケージ。大きく無骨な手の中で、それはますます小さく見えた。
「気休めかもしれないけど、験担ぎにはなるから」
 紺色のブレザーを着たその人は、あっという間に人混みの中へ紛れてしまった。

      ○

 試験とは、学生という身分にある限り逃れられないものだ。
 否、自己責任において逃げるのも構わない、という人もあるだろう。けれど、逃げかたばかりが上手になった頃には世間が自分から逃げてしまっていて、追いかけようにも遙か彼方へと去っている。
 試験とは、学生という身分にある限りほどよいおつき合いを忍耐強く続けていかなければならないのである。
 そんなわけで、私は大学構内の掲示板の前にいた。理学部の掲示板なので、集まっている人の大半は男子学生だ。私の身長は成人女性の平均を大きく下回るので、掲示板に群がる男子学生はまさに人の壁。ヒールのあるブーツを履いていても、見えるのは背中と後頭部ばかりである。背伸びをしたところで、見える景色にほとんど変わりはなかった。
 私は男子学生の後ろ姿を眺めに来たのではない。
 今朝方、掲示板に後期試験の時間割が張り出されたのだ。いまは二時限目の講義が終わった正午過ぎ。これから始まる昼休み前に時間割を確認しようと、寒空のもと学生たちが大挙して押し寄せているわけだ。
 大学に入学してもうすぐ一年。中高一貫の女子校で学んだ私も、理学部に充ち満ちている男臭さにはすっかり慣れた。
 なんの負けてなるものか。時間割が見えるところまで「すみません」と人をかき分けながら強引に進んでいく。
 多少もみくちゃにされながらも、何とか目的を果たせそうな位置までたどり着く。スケジュール帳に急いで時間割を書き写した。苦手な科目の試験が同じ日にあったりするが、とりあえずいまはメモすることを優先。嘆くのは後からでいい。
 メモを終えてスケジュール帳をバッグに仕舞おうとしたけれど、押し合いへし合いする周囲の人に肘をぶつけてしまいそうだ。一旦諦めてここから脱出しよう。
 先ほどと同じように人の間をぐいぐいと進んでいたら、突然目の前に大きなバッグが現れた。とっさに避けようとしたけれど、肩をぶつけてしまう。その拍子に手にしていたスケジュール帳が転げ落ちて、「ぎゃっ」と乙女らしからぬ心の声を上げていた。
 スケジュール帳は大きな靴たちのすき間に着地する。いけない、私の手の圏外だ。ただでさえ身長の低い私がこの場でしゃがめば蹴っ飛ばされてしまうかもしれなかったけれど、スケジュール帳が靴底の餌食となる前に回収しなくては。
 一生懸命に手を伸ばした時、別の手が伸びてきてスケジュール帳を拾い上げた。見上げると、知った顔が私を高みから見下ろしていた。
「これ、もしかして高橋の?」
 スケジュール帳を拾ったのは、同じ学科の寺島君だった。「ほれ」と私に差し出したので、急いで立ち上がる。
「ありがとう、拾ってくれて」
「どういたしまして」
 寺島君はにっと笑い、意地の悪い余計な一言をつけ足した。「単位まで落とすなよ」
「縁起でもないこと言わないでよ」
 私は口を尖らせ言い返した。
 寺島君とは学科が同じで学生番号が近いので、実験科目や共同レポートではいつも一緒の班になる。私がドジするところを彼には何度も見られているから、何かちょっとした失敗をするだけで最近はからかわれるようになってしまった。
「じゃあ、これやるよ」
 寺島君がバッグから取り出したのは、真っ赤な包装が目をひくウエハースチョコのお菓子だった。「きっと勝つ」という験を担がせ、受験シーズンまっただ中のいまの時期、いっそうお菓子売り場などで目立っているあれである。
「あ、ありがと」
 寺島君からの意外な貰いものにちょっと驚いた。男の子でもこんな甘いお菓子(しかもお得パック用だ)を持ち歩くことがあるんだ。そんなことは初めて知ったし、何より「験担ぎに」と私に同じお菓子をくれた人がほぼ一年前にもいたからだ。
「俺は、高橋の単位までは拾えないから」
 寺島君が先ほどの笑みをいくらか柔らかくして言った。
「へ?」
 彼の言葉の意味がすぐには分かりかねた。けれど寺島君が眉をひそめたのとほぼ同時に、彼が何を言わんとしていたのか気がつく。
「ああ、そういうことね。ありがとう」
 私が落としたのがスケジュール帳であれば寺島君でも拾うことはできるけど、単位まではそうはいかない。彼はそう言いたかったのだ。
「高橋って、鈍いのな」
 寺島君の目には間違いなく呆れの色が浮かんでいた。哀れみも少々加味されているように見えたのは、気のせいではないだろう。
「そんなことないよ」
 すかさず言い返す。いま気がつくのが遅れたのは、一年前のとある出来事のことを思い出していたからだ。しかし、そんなことなど知るよしもない寺島君は相手にしてくれない。
「いや、いまので証明されてるから」
 さらに抗議しようとしたら、寺島君を呼ぶ声が少し離れたところから聞こえた。どうやら彼の友人らしい。寺島君は「じゃあな」と行ってしまった。私は鈍くない、ということを彼に分かってもらえなかったのがちょっと悔しい。
 そう思っていたら、「晶」と背後から肩を叩かれた。「お待たせ」
「加弥子、遅いよ」
 現れたのは、待ち合わせをしていた友人の源川加弥子である。お昼ご飯を一緒に食べる約束をしていたのだ。
「ごめんごめん、講義が少し延びちゃって。それに、人の中に埋もれてるあんたを見つけるのにも、時間かかっちゃった」
「何それ、ひどーい」
「それよりここ寒いし、早く学食行こ。お腹減ったし温かいもの食べたい」
 加弥子を待っている間に私の身体も冷えていた。私たちは連れだって、掲示板の近くにある理学部の学食へと向かった。


《以下、紙ふうせん第二号に続く》

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