文学フリマ本日です! - 2012.05.06 Sun
おはようございます、永坂です。
文学フリマ当日となりました!
開催時間は11:00〜16:00なので、お近くでお時間のある方、ぜひ東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)へお越しください。
紙風船工房はD-60にて新刊・既刊を販売します。
目印はこちら↓

すいさんが作ってくれました。
文学フリマ当日となりました!
開催時間は11:00〜16:00なので、お近くでお時間のある方、ぜひ東京流通センター 第二展示場(E・Fホール)へお越しください。
紙風船工房はD-60にて新刊・既刊を販売します。
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すいさんが作ってくれました。
| 2012-05-06 | 参加イベント | Comment : 0 | トラックバック : 0 |
第三号発刊間近 - 2012.05.01 Tue
紙ふうせん第三号が、もう間もなく完成です。
来たる5月6日(日)の文学フリマにて販売致します。
今回はシェアード・ワールド。
イチョウの木を巡る物語の詰め合わせです。
A5オンデマンド印刷、価格500円(税込)。
タイトルをクリックすると、お試し版が読めます。
★目次★
○銀杏泥棒とほら吹き宮司 | 藍川いさな
終戦から十年。繭子は幼なじみの梨恵子に頼まれ神社の銀杏の実を拾いに行く羽目に。【戦後】
○銀杏夜話 | 永坂暖日
ふられてヤケ酒をした夜に、静香が人気のない神社で見たものは。【現代】
○アヒルの木 | 三和すい
小学校に入る前まで住んでいた町に戻ってきた千里。神社である人物と出会うのだが。【現代】
○夕暮れの流星 | 鳴砂謙
突然我が身を襲った不幸を前にして、輝彦は途方に暮れていた。【現代】
来たる5月6日(日)の文学フリマにて販売致します。
今回はシェアード・ワールド。
イチョウの木を巡る物語の詰め合わせです。
A5オンデマンド印刷、価格500円(税込)。
タイトルをクリックすると、お試し版が読めます。
★目次★
○銀杏泥棒とほら吹き宮司 | 藍川いさな
終戦から十年。繭子は幼なじみの梨恵子に頼まれ神社の銀杏の実を拾いに行く羽目に。【戦後】
○銀杏夜話 | 永坂暖日
ふられてヤケ酒をした夜に、静香が人気のない神社で見たものは。【現代】
○アヒルの木 | 三和すい
小学校に入る前まで住んでいた町に戻ってきた千里。神社である人物と出会うのだが。【現代】
○夕暮れの流星 | 鳴砂謙
突然我が身を襲った不幸を前にして、輝彦は途方に暮れていた。【現代】
| 2012-05-01 | 紙ふうせん第三号 | Comment : 0 | トラックバック : 0 |
夕暮れの流星【お試し版】 - 2012.05.01 Tue
『夕暮れの流星』のお試し版です。
作者:鳴砂謙
作者:鳴砂謙
吉田輝彦は橋の欄干にすがり、曇った街並みを眺めていた。ホコリのような霧雨が音もなく降り、髪やスーツにびっしりと小さな水滴をつくっていた。傘をさす気力もなかった。雨で白く煙った街並みも、平日の土手を走り抜けていく青い車も、視界に入るものすべてが色あせた写真のように見えた。
上司に呼び出され、解雇を言い渡されたのは昨日のことだ。
早期退職の張り紙を見る前から経営の悪化にはうすうす気付いていた。それでも三十一歳の自分には関係のないことだと考えていた。関係あるのは六十近いじいさんばかりだ。毎日の仕事をこなしていれば問題ない、と。
しかし、その考えは間違っていたらしい。業績はさらに悪化し、歯止めがきかなくなった。
経営陣は何をしているのか。このままでは会社が潰れるのではないか。
危惧していると、上司から呼び出され、解雇を言い渡された。
決定を告げる上司の『会社のために仕方がない』と言いたげな顔を、この時ばかりは殴ってやりたいと思った。辞めるべき人は他にもいた。なのに、なぜ自分が……! しかし、怒りをぶつけることさえできない自分が不甲斐なくもあった。会社が傾いていたとはいえ、不要の烙印をおされたのだ。情けないやら悔しいやら。
その夜はリストラで頭が重く、妻に打ち明けられずに眠った。
そして今朝のことだ。リビングへ行くと、いつもは寝ているはずの妻が早起きしていた。
「おはよう」と声をかけると、少し間があって「おはよう」と返してくる。
よそよそしい様子にどうしたのだろうと思いつつ、いつものようにテレビをつけた。そうして天気予報やニュースを見る。毎朝続けてきたことだ。しかし、内容は一つも頭に入ってこない。リストラで頭がいっぱいなのだ。
なんとなくテレビを消した。そして深く考えた。
一ヶ月足らずで働く場所がなくなるのだ。妻に隠し通せるとも思えない。それなら綺麗さっぱりと打ち明けて職を探す方が建設的である。不安がらせてはいけない。次の職を見つけるのだと堂々とした態度で打ち明けたい。そして、『一緒にがんばりましょう』と妻の応援があれば百人力だ。
思い切って声をかけようとすると、意外にも妻の方から近づいてきた。
「大事な話があるの」
いつになく真剣な様子に輝彦は眉根を寄せる。
「何か悪いことでも?」
妻はためらうような顔をして、「ええ、あなたにとってはそうかもね」と答えた。
ん、と思った。妻には悪い癖があった。欲しい物はすぐに買うし、やりたい事はすぐにやる。服とか旅行とか見つけてきてお金がかかるとでも言うのだろうか。こちらはリストラにあって収入源が無くなるというのに……。
まぁ、いい。ここはひとまず妻の話を聞こう。それからリストラの話をすれば、妻も諦めてくれるはずだ。
「なんだ。言ってくれ」堂々とした態度で言う。
「わかったわ」妻は意を決したように自分のカバンをあさり、食卓に戻ってきた。
「これにサインして」
一枚の用紙を食卓に置き、その上にボールペンを置いた。輝彦は眼鏡をかけて紙面をのぞきこむ。
今度は何だ? フィットネスか? それとも高額なローンか?
「離婚届!?」
目が飛び出すとはこのことだろう。誇張されたマンガだったら、飛び出した眼球が眼鏡を突き破って食卓に突き刺さっているところだ。いや、今はそれどころの話ではない。
「おまえ、なんで、えぇ!?」
頭の中がパニックになっていた。リストラと離婚が同時に襲ってきたのだ。爆弾と爆弾が頭上で鉢合わせしたようなものだ。爆風がおさまるまでかなりの時間が必要だった。そして、残ったのは消し炭のような自我だけだった。茫然とした頭で離婚届を見詰めていると、いたたまれなくなった。
「考えさせてくれ」
絞りだすように言って離婚届を手にし、家を出るのが精一杯だった。
そうして今に至る。
どんよりとした雨雲の下、通りかかる人々は、霧雨で真っ白になった輝彦に奇異の視線を向けるものの、心配して声をかけることはなかった。
都会の人間とはこのようなものだ。関係ないことには触れない。タバコのポイ捨てが悪いとわかっていても注意する人は少ない。ましてや目的地に向かうのに、道ばたに落ちている吸い殻を拾ってまわる人はいないだろう。他の誰かがすると思っている。それは輝彦も同じだった。
そう考えると、自分をふくめてどうでもよい世界に思えてくるのだ。
「何してんだよおっさん」
冷めた気持ちで濁流を見下ろしていた。降り続けた雨で水かさが増して流れも速くなっていた。ふくれあがった川面は、まるで蛇の群れが先を競っているようだ。もしも、橋から落ちて流されたとしたら助けにきてくれる人はいるのだろうか。
「おい、おっさん」
「おわっ」
耳元からの声に飛び退いた。振り向くと、三人組の男達がいた。
自分の世界に閉じこもっていたので周りに注意を払っていなかった。そもそも誰かに声をかけられるとは思っていなかった。こんな冷たい世の中でも心配して声をかけてくれる人がいるのか。うれしいような、照れくさい気持ちになった。
「やっと気付いたぜ」三人組の男達はへらへらと笑い合った。
輝彦は首をかしげた。
心配で声をかけたにしては様子がおかしい。お互いの認識に齟齬を感じた。
………、まさか。
カツアゲだと気付いた時には遅かった。三人組の一人が肩に腕を回してきて逃げられないようにしてくる。
「俺達、金に困っててさ。ちょっと貸してくんないかな。一万でいいから一万で」
『何を馬鹿な。こっちは人生に困ってるんだ。空気を読め、空気を』
もちろん口には出せないので、せり上がってくる言葉をのどでたたき落とした。が、次の瞬間にはその余裕すら消えた。別の男が脅すようにバタフライナイフをもてあそび始めたのだ。チャ、チャリ、チャ、チャリ……。男の手中で鋭利な刃が見え隠れする。
手慣れていた。下手な抵抗はそれこそ命を落としそうだった。
「ちょっとこっち来いよ」
がっちりと両脇を固められたまま輝彦は橋の下へと連れて行かれた。
橋の下は遊歩道のある河川敷になっていた。晴れた日はランニングする人や散歩する人でそれなりに人通りがあるところだ。しかし今は雨が降り、誰の姿もなかった。
三人組の若者は輝彦を橋桁へと追いやり、取り囲むように陣取った。
「おい、早く財布出せよ。こっちもそんなに暇じゃねぇんだ」
輝彦は少しためらった。財布には三万を越える現金が入っていた。一介のサラリーマンでしかない、それも失職する輝彦からすれば安いと言える額ではない。
そのためらいが気に触ったのだろう。とつぜんみぞおちを殴られた。
「ぅぅ……」息が詰まり、声にもならない声が出た。身体が熱くなり、汗が出るのがわかった。輝彦は腹をかばって背中を丸めながら「ま、待て」と精一杯に言った。
「さっきから待ってんだよ」
「わ、わかった。出すから……」
抵抗は無理だと思い、殴られないようにと気を張り詰めながら財布に手を伸ばした。その時だ。
「待ちな。出す必要はねぇぜ」
しわがれた渋声に呼び止められた。その声には年季が入っていた。そして、若者の無理な脅し声とは違う、腹の底から震えがくるような凄みがあった。若者達は一様に背筋を硬直させたが、それを恥じて怒りの形相で振り返った。
「なんだてめぇ!」
輝彦も顔を上げて若者達と同じ方向を見た。視線の先にいたのは小柄なじいさんだった。白髪を短く刈り上げ、目はどう猛な肉食獣のように爛々と輝き、褐色に日焼けした腕には無数の血管が浮いていた。異様な空気をまとったじいさんだが、頭に血をのぼらせた若者は怖いもの知らずになっていた。
「関係ないやつが茶々いれんじゃねぇよ」
怒鳴りながらじいさんに詰め寄っていく。最近の若者は身長が高い。じいさんと比べたらゆうに頭二つは高いだろう。その長身から殴りかかろうとした。
危ない! そう思った瞬間、じいさんの姿が消えた。いや、若者のふところに飛び込んだのだ。そのまま襟首をつかむと、引き寄せるようにして背中から地面に転がり、若者の腰を足の裏で押し上げた。若者の身体が宙に舞って、背中から川に落ち、派手な水しぶきを上げた。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
上司に呼び出され、解雇を言い渡されたのは昨日のことだ。
早期退職の張り紙を見る前から経営の悪化にはうすうす気付いていた。それでも三十一歳の自分には関係のないことだと考えていた。関係あるのは六十近いじいさんばかりだ。毎日の仕事をこなしていれば問題ない、と。
しかし、その考えは間違っていたらしい。業績はさらに悪化し、歯止めがきかなくなった。
経営陣は何をしているのか。このままでは会社が潰れるのではないか。
危惧していると、上司から呼び出され、解雇を言い渡された。
決定を告げる上司の『会社のために仕方がない』と言いたげな顔を、この時ばかりは殴ってやりたいと思った。辞めるべき人は他にもいた。なのに、なぜ自分が……! しかし、怒りをぶつけることさえできない自分が不甲斐なくもあった。会社が傾いていたとはいえ、不要の烙印をおされたのだ。情けないやら悔しいやら。
その夜はリストラで頭が重く、妻に打ち明けられずに眠った。
そして今朝のことだ。リビングへ行くと、いつもは寝ているはずの妻が早起きしていた。
「おはよう」と声をかけると、少し間があって「おはよう」と返してくる。
よそよそしい様子にどうしたのだろうと思いつつ、いつものようにテレビをつけた。そうして天気予報やニュースを見る。毎朝続けてきたことだ。しかし、内容は一つも頭に入ってこない。リストラで頭がいっぱいなのだ。
なんとなくテレビを消した。そして深く考えた。
一ヶ月足らずで働く場所がなくなるのだ。妻に隠し通せるとも思えない。それなら綺麗さっぱりと打ち明けて職を探す方が建設的である。不安がらせてはいけない。次の職を見つけるのだと堂々とした態度で打ち明けたい。そして、『一緒にがんばりましょう』と妻の応援があれば百人力だ。
思い切って声をかけようとすると、意外にも妻の方から近づいてきた。
「大事な話があるの」
いつになく真剣な様子に輝彦は眉根を寄せる。
「何か悪いことでも?」
妻はためらうような顔をして、「ええ、あなたにとってはそうかもね」と答えた。
ん、と思った。妻には悪い癖があった。欲しい物はすぐに買うし、やりたい事はすぐにやる。服とか旅行とか見つけてきてお金がかかるとでも言うのだろうか。こちらはリストラにあって収入源が無くなるというのに……。
まぁ、いい。ここはひとまず妻の話を聞こう。それからリストラの話をすれば、妻も諦めてくれるはずだ。
「なんだ。言ってくれ」堂々とした態度で言う。
「わかったわ」妻は意を決したように自分のカバンをあさり、食卓に戻ってきた。
「これにサインして」
一枚の用紙を食卓に置き、その上にボールペンを置いた。輝彦は眼鏡をかけて紙面をのぞきこむ。
今度は何だ? フィットネスか? それとも高額なローンか?
「離婚届!?」
目が飛び出すとはこのことだろう。誇張されたマンガだったら、飛び出した眼球が眼鏡を突き破って食卓に突き刺さっているところだ。いや、今はそれどころの話ではない。
「おまえ、なんで、えぇ!?」
頭の中がパニックになっていた。リストラと離婚が同時に襲ってきたのだ。爆弾と爆弾が頭上で鉢合わせしたようなものだ。爆風がおさまるまでかなりの時間が必要だった。そして、残ったのは消し炭のような自我だけだった。茫然とした頭で離婚届を見詰めていると、いたたまれなくなった。
「考えさせてくれ」
絞りだすように言って離婚届を手にし、家を出るのが精一杯だった。
そうして今に至る。
どんよりとした雨雲の下、通りかかる人々は、霧雨で真っ白になった輝彦に奇異の視線を向けるものの、心配して声をかけることはなかった。
都会の人間とはこのようなものだ。関係ないことには触れない。タバコのポイ捨てが悪いとわかっていても注意する人は少ない。ましてや目的地に向かうのに、道ばたに落ちている吸い殻を拾ってまわる人はいないだろう。他の誰かがすると思っている。それは輝彦も同じだった。
そう考えると、自分をふくめてどうでもよい世界に思えてくるのだ。
「何してんだよおっさん」
冷めた気持ちで濁流を見下ろしていた。降り続けた雨で水かさが増して流れも速くなっていた。ふくれあがった川面は、まるで蛇の群れが先を競っているようだ。もしも、橋から落ちて流されたとしたら助けにきてくれる人はいるのだろうか。
「おい、おっさん」
「おわっ」
耳元からの声に飛び退いた。振り向くと、三人組の男達がいた。
自分の世界に閉じこもっていたので周りに注意を払っていなかった。そもそも誰かに声をかけられるとは思っていなかった。こんな冷たい世の中でも心配して声をかけてくれる人がいるのか。うれしいような、照れくさい気持ちになった。
「やっと気付いたぜ」三人組の男達はへらへらと笑い合った。
輝彦は首をかしげた。
心配で声をかけたにしては様子がおかしい。お互いの認識に齟齬を感じた。
………、まさか。
カツアゲだと気付いた時には遅かった。三人組の一人が肩に腕を回してきて逃げられないようにしてくる。
「俺達、金に困っててさ。ちょっと貸してくんないかな。一万でいいから一万で」
『何を馬鹿な。こっちは人生に困ってるんだ。空気を読め、空気を』
もちろん口には出せないので、せり上がってくる言葉をのどでたたき落とした。が、次の瞬間にはその余裕すら消えた。別の男が脅すようにバタフライナイフをもてあそび始めたのだ。チャ、チャリ、チャ、チャリ……。男の手中で鋭利な刃が見え隠れする。
手慣れていた。下手な抵抗はそれこそ命を落としそうだった。
「ちょっとこっち来いよ」
がっちりと両脇を固められたまま輝彦は橋の下へと連れて行かれた。
橋の下は遊歩道のある河川敷になっていた。晴れた日はランニングする人や散歩する人でそれなりに人通りがあるところだ。しかし今は雨が降り、誰の姿もなかった。
三人組の若者は輝彦を橋桁へと追いやり、取り囲むように陣取った。
「おい、早く財布出せよ。こっちもそんなに暇じゃねぇんだ」
輝彦は少しためらった。財布には三万を越える現金が入っていた。一介のサラリーマンでしかない、それも失職する輝彦からすれば安いと言える額ではない。
そのためらいが気に触ったのだろう。とつぜんみぞおちを殴られた。
「ぅぅ……」息が詰まり、声にもならない声が出た。身体が熱くなり、汗が出るのがわかった。輝彦は腹をかばって背中を丸めながら「ま、待て」と精一杯に言った。
「さっきから待ってんだよ」
「わ、わかった。出すから……」
抵抗は無理だと思い、殴られないようにと気を張り詰めながら財布に手を伸ばした。その時だ。
「待ちな。出す必要はねぇぜ」
しわがれた渋声に呼び止められた。その声には年季が入っていた。そして、若者の無理な脅し声とは違う、腹の底から震えがくるような凄みがあった。若者達は一様に背筋を硬直させたが、それを恥じて怒りの形相で振り返った。
「なんだてめぇ!」
輝彦も顔を上げて若者達と同じ方向を見た。視線の先にいたのは小柄なじいさんだった。白髪を短く刈り上げ、目はどう猛な肉食獣のように爛々と輝き、褐色に日焼けした腕には無数の血管が浮いていた。異様な空気をまとったじいさんだが、頭に血をのぼらせた若者は怖いもの知らずになっていた。
「関係ないやつが茶々いれんじゃねぇよ」
怒鳴りながらじいさんに詰め寄っていく。最近の若者は身長が高い。じいさんと比べたらゆうに頭二つは高いだろう。その長身から殴りかかろうとした。
危ない! そう思った瞬間、じいさんの姿が消えた。いや、若者のふところに飛び込んだのだ。そのまま襟首をつかむと、引き寄せるようにして背中から地面に転がり、若者の腰を足の裏で押し上げた。若者の身体が宙に舞って、背中から川に落ち、派手な水しぶきを上げた。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
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アヒルの木【お試し版】 - 2012.05.01 Tue
『アヒルの木』のお試し版です。
作者:三和すい
作者:三和すい
「みっしー!」
終業のチャイムが鳴ってから数分後、ざわつく教室に響く声に、三嶋千里は顔を上げた。 後ろの出入り口から、小柄な少女が教室に入って来る。隣のクラスの澤田梨花だ。フワフワした髪を揺らしながら、千里の方にやってくる。
放課後と言っても授業が終わったばかりで、クラスメイトのほとんどは教室に残っている。そこに何の躊躇もなく足を踏み入れる友人に、千里は思わず微笑んだ。
この学校に転校してから一ヶ月ちょっと。高校二年生の二学期という中途半端な時期に編入してきた千里が、クラスに何とか馴染めたのは梨花のおかげである。
ジャンケンで負けてなった美化委員。その最初の集まりで席が隣だったのがきっかけだ。それ以来ちょくちょく話すようになり、顔の広い梨花を通して千里の交友関係も少しずつ広がっていった。
クラスでも仲のいい友達はできたが、一番はやはり梨花だ。何もない日はいつも彼女と一緒に帰っている。
それにしても、今日は迎えに来るのがずいぶんと早い。千里の机の上には教科書やノートが出たままだが、梨花はすでにカバンを持っている。
(何かあったのかな?)
不思議に思っていると、
「みっしー、ゴメン!」
重いカバンを持ちながら、器用に顔の前で手を合わせた梨花が頭を下げた。
「部活でね、文化祭の準備が結構忙しくなっちゃって、しばらく一緒に帰れそうもないの。悪いけど、文化祭が終わるまで先に帰っていてくれる?」
梨花が入っているのは美術部だ。この時期に文化系の部が忙しいのは、どこの高校でも一緒のようである。
「気にしないで。こっちも準備があるし」
とは言え、文化祭までまだ三週間あるせいか、千里のクラスはどこかのんびりムードだ。少しずつ準備を進めているものの、今日は何もなく解散である。
「美術部も大変だね」
「まあ、ね」
えへへ、と頭をかく梨花に、
「特にあんたは、でしょ」
と、同じクラスの紀原詠子が話しかけてくる。女子にしては背の高い彼女も、梨花を通じて仲良くなったクラスメイトの一人であり、梨花と同じ美術部だ。
「どういうこと?」
千里が聞くと梨花は目をそらし、詠子は大きくため息をついた。
「こいつね、文化祭の『看板』にまだ全然手を付けてないのよ」
「看板?」
「ああ、三嶋さんは知らないか。うちの美術部ね、毎年一人一枚ずつ文化祭のテーマに沿った絵を描くんだ。大きさはだいたいベニヤ板一枚分。それを校内のあちこちに飾るから『看板』って呼ばれてるんだ」
「そうなんだ。見るのが楽しみ。でも、ずいぶん早くから作るんだね」
「描くのはうちら美術部だけど、飾るのは文化祭実行委員なのよ。完成した絵を見て飾る場所を決めるから、来週ぐらいにはある程度できていないとマズいんだけど……」
「だって、『さらなる飛躍』なんてテーマ、難しすぎるんだもん。花とか猫とか、もっと具体的なものにしてくれたらいいのに」
梨花は口を尖らすが、文化祭のテーマとしてそれはどうかと思う。
「土曜日までにデザイン決めてよ。で、日曜日は一日美術室で絵を描く。いい?」
「土曜日って、明後日? そんなの無理だよ〜」
「今まで時間があったのに手をつけなかったのはあんたよ。文句は言わない。ほら、さっさと美術室に行くよ」
「……はーい」
梨花はうなだれて詠子の後に続く。暗く沈んだ後ろ姿に、千里は声をかけた。
「梨花ちゃん、頑張ってね」
「うん。ありが……きゃあっ!」
ふり返った梨花の姿が、叫び声とともに消えた。ガタンッと机が倒れる大きな音に、教室中のクラスメイトが何事かと顔を向ける。
「り、梨花ちゃん?」
「何やってんのよ、あんた!」
転んだ梨花のもとに、千里と詠子はあわてて駆け寄った。梨花のすぐ横には机が一つ倒れていたが、どうやら当たらなかったようだ。膝をさすりながら起き上がる姿に、千里はホッと胸をなで下ろした。
「梨花ちゃん、大丈夫?」
「平気平気。ちょっとカバンが引っかかっただけだから……って、あれ?」
梨花がカバンを持ち上げようとすると、横で倒れている机がズズッと動く。覗き込むと、カバンにぶら下がっている御守りが、机の脇にあるカバン掛けに引っかかっていた。
「あれ? ウソ! 取れない?」
梨花は何度も引っ張るが、御守りの紐が深く食い込んでいるのか、外れる気配はない。
「紐を切ればいいんじゃないの?」
あっさり言い放つ詠子に、「そんなぁ〜」と梨花は今にも泣き出しそうな顔になる。
「大丈夫だよ、梨花ちゃん。別の方向から引っ張れば、きっと……」
千里も一緒に引っ張ってみるが、結果は変わらなかった。しばらく見ていた詠子が「しょうがないわね」と側にしゃがみ込む。
「ただ引っ張ってるだけじゃ無理よ。ほら、貸してみな」
詠子が御守りと机のカバン掛けに手をかける。どういう風に力を入れたのかわからなかったが、ビクともしなかった御守りの紐は机からあっさり外れた。
「ほら。取れたよ」
「詠ちゃん、ありがとう〜!」
「こら、抱きつくな。暑苦しいっ」
押しのけられても、梨花は笑顔のままだ。「よかったぁ〜」と言いながら、カバンごと御守りに頬ずりをする。
その様子に、千里は思わず微笑んだ。
端から見れば、御守り一つに何をそんな大騒ぎしているのだろうと眉をひそめるかもしれない。けれど、梨花にとってはかけがえのない物なのだろう。
「それ、大切な御守りなんだね」
千里がそう言うと、梨花は大きくうなずいた。
「うん! だって、この御守りにあたしの将来がかかっているんだもの!」
途端に話の雲行きがあやしくなる。
「あのね、これ恋愛成就の御守りなんだ。二つでセットになっていて、こっちのピンク色が女性用、水色が男性用なの」
梨花がカバンの横にぶら下がった御守りを指さした。外そうとした時には気づかなかったが、二つの御守り袋には確かに「恋愛成就」の文字がある。
「この御守りを持っている二人は、将来必ず結ばれて幸せになるんだよ」
それで「将来がかかっている」というわけらしい。
それにしても変わった御守りだった。水色の方は普通よりもやや厚い程度だが、ピンク色の御守り袋は妙にふくらんでいる。まるで中にビー玉か何かが入っているようだ。
千里の視線に気づいた梨花がニコリと笑った。
「やっぱ気になるでしょう。実はね、ピンク色の御守りの中には銀杏の実が入ってるんだよ」
「銀杏の実って、ギンナン? 本当?」
確かに袋のふくらみはそれぐらいの大きさだが、御守り袋にギンナンを入れるなんて聞いたことがない。
「何でギンナンなの?」
「それは、ここの神社にある『夫婦銀杏』に恋愛成就の御利益があるからなんだよ。夫婦銀杏の下で好きな人に告白すると成功するって話だし、夫婦銀杏の実を庭に埋めて芽が出たら恋が叶うって、うちのおばあちゃんも言ってたんだから」
それに、と梨花は隣の詠子を見上げる。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
終業のチャイムが鳴ってから数分後、ざわつく教室に響く声に、三嶋千里は顔を上げた。 後ろの出入り口から、小柄な少女が教室に入って来る。隣のクラスの澤田梨花だ。フワフワした髪を揺らしながら、千里の方にやってくる。
放課後と言っても授業が終わったばかりで、クラスメイトのほとんどは教室に残っている。そこに何の躊躇もなく足を踏み入れる友人に、千里は思わず微笑んだ。
この学校に転校してから一ヶ月ちょっと。高校二年生の二学期という中途半端な時期に編入してきた千里が、クラスに何とか馴染めたのは梨花のおかげである。
ジャンケンで負けてなった美化委員。その最初の集まりで席が隣だったのがきっかけだ。それ以来ちょくちょく話すようになり、顔の広い梨花を通して千里の交友関係も少しずつ広がっていった。
クラスでも仲のいい友達はできたが、一番はやはり梨花だ。何もない日はいつも彼女と一緒に帰っている。
それにしても、今日は迎えに来るのがずいぶんと早い。千里の机の上には教科書やノートが出たままだが、梨花はすでにカバンを持っている。
(何かあったのかな?)
不思議に思っていると、
「みっしー、ゴメン!」
重いカバンを持ちながら、器用に顔の前で手を合わせた梨花が頭を下げた。
「部活でね、文化祭の準備が結構忙しくなっちゃって、しばらく一緒に帰れそうもないの。悪いけど、文化祭が終わるまで先に帰っていてくれる?」
梨花が入っているのは美術部だ。この時期に文化系の部が忙しいのは、どこの高校でも一緒のようである。
「気にしないで。こっちも準備があるし」
とは言え、文化祭までまだ三週間あるせいか、千里のクラスはどこかのんびりムードだ。少しずつ準備を進めているものの、今日は何もなく解散である。
「美術部も大変だね」
「まあ、ね」
えへへ、と頭をかく梨花に、
「特にあんたは、でしょ」
と、同じクラスの紀原詠子が話しかけてくる。女子にしては背の高い彼女も、梨花を通じて仲良くなったクラスメイトの一人であり、梨花と同じ美術部だ。
「どういうこと?」
千里が聞くと梨花は目をそらし、詠子は大きくため息をついた。
「こいつね、文化祭の『看板』にまだ全然手を付けてないのよ」
「看板?」
「ああ、三嶋さんは知らないか。うちの美術部ね、毎年一人一枚ずつ文化祭のテーマに沿った絵を描くんだ。大きさはだいたいベニヤ板一枚分。それを校内のあちこちに飾るから『看板』って呼ばれてるんだ」
「そうなんだ。見るのが楽しみ。でも、ずいぶん早くから作るんだね」
「描くのはうちら美術部だけど、飾るのは文化祭実行委員なのよ。完成した絵を見て飾る場所を決めるから、来週ぐらいにはある程度できていないとマズいんだけど……」
「だって、『さらなる飛躍』なんてテーマ、難しすぎるんだもん。花とか猫とか、もっと具体的なものにしてくれたらいいのに」
梨花は口を尖らすが、文化祭のテーマとしてそれはどうかと思う。
「土曜日までにデザイン決めてよ。で、日曜日は一日美術室で絵を描く。いい?」
「土曜日って、明後日? そんなの無理だよ〜」
「今まで時間があったのに手をつけなかったのはあんたよ。文句は言わない。ほら、さっさと美術室に行くよ」
「……はーい」
梨花はうなだれて詠子の後に続く。暗く沈んだ後ろ姿に、千里は声をかけた。
「梨花ちゃん、頑張ってね」
「うん。ありが……きゃあっ!」
ふり返った梨花の姿が、叫び声とともに消えた。ガタンッと机が倒れる大きな音に、教室中のクラスメイトが何事かと顔を向ける。
「り、梨花ちゃん?」
「何やってんのよ、あんた!」
転んだ梨花のもとに、千里と詠子はあわてて駆け寄った。梨花のすぐ横には机が一つ倒れていたが、どうやら当たらなかったようだ。膝をさすりながら起き上がる姿に、千里はホッと胸をなで下ろした。
「梨花ちゃん、大丈夫?」
「平気平気。ちょっとカバンが引っかかっただけだから……って、あれ?」
梨花がカバンを持ち上げようとすると、横で倒れている机がズズッと動く。覗き込むと、カバンにぶら下がっている御守りが、机の脇にあるカバン掛けに引っかかっていた。
「あれ? ウソ! 取れない?」
梨花は何度も引っ張るが、御守りの紐が深く食い込んでいるのか、外れる気配はない。
「紐を切ればいいんじゃないの?」
あっさり言い放つ詠子に、「そんなぁ〜」と梨花は今にも泣き出しそうな顔になる。
「大丈夫だよ、梨花ちゃん。別の方向から引っ張れば、きっと……」
千里も一緒に引っ張ってみるが、結果は変わらなかった。しばらく見ていた詠子が「しょうがないわね」と側にしゃがみ込む。
「ただ引っ張ってるだけじゃ無理よ。ほら、貸してみな」
詠子が御守りと机のカバン掛けに手をかける。どういう風に力を入れたのかわからなかったが、ビクともしなかった御守りの紐は机からあっさり外れた。
「ほら。取れたよ」
「詠ちゃん、ありがとう〜!」
「こら、抱きつくな。暑苦しいっ」
押しのけられても、梨花は笑顔のままだ。「よかったぁ〜」と言いながら、カバンごと御守りに頬ずりをする。
その様子に、千里は思わず微笑んだ。
端から見れば、御守り一つに何をそんな大騒ぎしているのだろうと眉をひそめるかもしれない。けれど、梨花にとってはかけがえのない物なのだろう。
「それ、大切な御守りなんだね」
千里がそう言うと、梨花は大きくうなずいた。
「うん! だって、この御守りにあたしの将来がかかっているんだもの!」
途端に話の雲行きがあやしくなる。
「あのね、これ恋愛成就の御守りなんだ。二つでセットになっていて、こっちのピンク色が女性用、水色が男性用なの」
梨花がカバンの横にぶら下がった御守りを指さした。外そうとした時には気づかなかったが、二つの御守り袋には確かに「恋愛成就」の文字がある。
「この御守りを持っている二人は、将来必ず結ばれて幸せになるんだよ」
それで「将来がかかっている」というわけらしい。
それにしても変わった御守りだった。水色の方は普通よりもやや厚い程度だが、ピンク色の御守り袋は妙にふくらんでいる。まるで中にビー玉か何かが入っているようだ。
千里の視線に気づいた梨花がニコリと笑った。
「やっぱ気になるでしょう。実はね、ピンク色の御守りの中には銀杏の実が入ってるんだよ」
「銀杏の実って、ギンナン? 本当?」
確かに袋のふくらみはそれぐらいの大きさだが、御守り袋にギンナンを入れるなんて聞いたことがない。
「何でギンナンなの?」
「それは、ここの神社にある『夫婦銀杏』に恋愛成就の御利益があるからなんだよ。夫婦銀杏の下で好きな人に告白すると成功するって話だし、夫婦銀杏の実を庭に埋めて芽が出たら恋が叶うって、うちのおばあちゃんも言ってたんだから」
それに、と梨花は隣の詠子を見上げる。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
| 2012-05-01 | 紙ふうせん第三号 | Comment : 0 | トラックバック : 0 |
銀杏夜話【お試し版】 - 2012.05.01 Tue
『銀杏夜話』のお試し版です。
作者:永坂暖日
作者:永坂暖日
「おまえ、本当に俺のこと好きなの?」
その一言の方が、「別れよう」という言葉よりもずっと深くわたしの心に突き刺さった。大きくえぐられたわけではないけれど、存在を無視することのできない傷を残していった。わたしが普段気づかないふりしている部分にまで届いてしまったから。
わたしはわたしなりに、精一杯彼のことが好きだった。でも、「別れよう」という言葉よりもその一言に傷ついているくらいだから、彼がそんな疑念を持つのも仕方がなかったのかもしれない。
――仕方がなかったのかもしれないが、つき合っていた頃から二股していた男が「本当に俺のこと好きなの?」なんてセリフをぬけぬけと言う資格などあっただろうか。いや、断じてない。
「あんただってわたしのことホントに好きだったのかってんだ。バカヤロー!」
ジョッキの三分の一ほど残ったビールを一気に流し込むと、静香はそれを叩きつけるようにテーブルに置いた。
「はいはい、そうよね。静香の言うことはもっともだわ」
テーブルを囲む友人のひとりが、少々ろれつが回らなくなってきている静香をあしらうような相づちを返してきた。
「そもそも人のことろくに名前で呼びやしないで、最後まで『おまえ』呼ばわりだし。わたしには寺島静香っていう立派な名前があるのよ。彼女の名前ぐらいちゃんと呼べよ!」
静香は握り締めた割り箸を、怒りにまかせて厚焼き卵焼きに突き刺す。
「うっかり浮気相手の名前で呼んだらまずいからだったんじゃない?」
別の友の鋭い意見に静香は目をぱちくりとさせる。そして、あっという顔をしてから机に突っ伏した。
「なんで気づかなかったんだろう! 悔しいぃ!」
「忘れることよ。あんな男のことはさっさと忘れて、次の恋を見つけるのよ」
「次はきっと、静香のこと大事にしてくれる人が見つかるって」
「うん、そうだね。みんな、いいこと言うわ。――よし、もっと飲もう!」
顔を上げた静香は、注文のために呼び鈴を押す。
思いの外あっさりとしている静香を、友人たちが少し呆れた目で見ていたことに彼女は気づいていなかった。
○
耳元で小さな音をたてて風が吹き抜け、静香は身震いした。
アルコールがだいぶ入ってほてってはいるが、夜は冷える。商店街からここへ来る途中にあった並木のイチョウの葉は、どれもすっかり黄色に変わっていた。秋はそれくらい深まっている。寒いはずだ。
だけど身体的にだけでなく心までも寒い気がするのは、きっと失恋して間もないせいだ。
ふられた憂さを晴らすため、友人を巻き込んで先程まで居酒屋でヤケ酒をあおっていたのだが、終電前にお開きとなった。友人たちとはお店の前で別れ、静香は迎えに来てくれる兄を待つため、神社の前へ移動していた。居酒屋のある駅前の商店街は、車両進入禁止なのだ。
商店街と神社はそれほど離れていないし、神社の前は道幅があって車を寄せやすい。駅周辺に用事があって出掛けたとき迎えに来てもらう、なじみの待ち合わせ場所だった。
兄に携帯電話で迎えを頼んだのは五分ほど前。「こんな遅い時間に人を使うな」などと電話口で一通り文句を言うものの、ちゃんと来てくれるのだからありがたい。それでも、待つ身としては五分とは言え長く感じるのは事実だ。
自宅からだと、まだあと十分は待たねばならない。それまでぼけっと突っ立って待っているのも暇だ。
静香はやや覚束ない足どりで鳥居をくぐった。兄が来るまで境内を歩こう。ほろ酔いの二段階ほど上の状態である静香を見たら「フラフラになるまで飲むな」と兄が口うるさく言うだろうから、酔い覚ましをしておくのだ。
もうすぐ日付が変わろうとしている境内は、当然だが人気はなかった。ぽつんぽつんといくつかある照明はその足元と、社務所や拝殿、その後ろにある本殿などの建物を夜の中にぼんやりと浮かび上がらせている。しかしこの薄暗い景色の中でもはっきりとした存在感を放っているのは、拝殿のすぐそばにある大きな二本のイチョウだった。どちらも樹齢数百年になるという神社のご神木で、寄り添うように生えている。夫婦銀杏と呼ばれている、雄株と雌株だ。拝殿のそばにある照明では、そのてっぺんまで照らすことはできていない。それくらいに二本とも背が高い。
静香は夫婦銀杏から、拝殿、後ろにある本殿、更にその向こうにある建物に視線を移していった。
本殿の向こうには、味気ない箱のような建物が黒々とそびえている。神社の背景には似つかわしくないように見えるが、仕方のないことだろう。
神社の裏手にあるのは高校だ。そこは静香の母校でもあった。卒業して二年、母校の校舎を見ても「懐かしい」と思わないのは、ここで迎えを待つ間、何気なく眺めていることが多いからだろう。
本殿の裏には神社と学校の境界を示す柵があるのだが、その柵の一部が人ひとりがくぐり抜けられるくらいに壊れている。昔から壊れているらしく、今もたぶん修理されていない。
静香の通っていた高校には、境内にある夫婦銀杏の下に意中の相手を呼び出して告白すれば成功する、というジンクスがあった。その由来は、神社で売っている恋愛成就のお守りにあるらしい。
静香も、そのジンクスを実践したことがある。
高校一年生最後の日、同じクラスにいた好きな男子を夫婦銀杏の下に呼び出して告白したのだ。静香の想いは彼に通じて晴れて交際することになり、その日は嬉しくて何時になってもなかなか寝つけなかった。――その後、二年生の夏を迎える前にふられてしまったが。
(告白する前の日、お守り買ったんだっけ)
この神社ではご神木である銀杏の実を乾燥させたものが小さな袋に入れられお守りとして売られているのだが、それは女性用。男性用もちゃんとあって、そちらには雄株の枝が入っている。夫婦銀杏の一部を使っているから、恋愛成就のお守りというわけである。
そのお守りを持って告白すれば成功率がますます上がると聞いて、静香は買い求めたのだ。告白したあと、彼も男性用のお守りを買って、これからよろしくと言って二人して照れたことを思い出す。
あのお守りは、今はどこへいっただろう。交際は半年も続かず悲しい思いをしたが、お守りは捨てられずに取っておいた……はず。確か引き出しの奥深くに入れて、そのままだった。
捨てられなかったのは、初恋ではないが初めてできた彼氏だったからだ。それから数人とつき合ったり別れたりを繰り返していくうち、初めての彼氏にまつわる思い出の品は記憶の奥底へ追いやられたのだろう。
ふられたあとはしばらくへこんでいて、この神社に近寄ることも、ご神木を視界に入れることもいやになっていたのに、今はもうすっかり平気になっている。失恋の痛手は時の流れが癒やしてくれるものなのだ。今度のことだっていずれ傷は癒え、痛みも忘れてしまうだろう。
――本当に俺のこと好きなの?
二股男の言葉が不意に甦った。
失恋の痛みを忘れてしまうということは、本当はそんなに好きではなかったからかもしれない……。いや、そんなはずはない。告白されたときは嬉しかったし、ふられたときは泣いたし、二股されていたと知ったときは怒りもした。
別れ際に余計なことを言われさえしなければ、こうも心がささくれたように痛むことはなかったのに。
静香は八つ当たりに、みっしりと敷き詰めたように落ちているイチョウの葉を蹴り散らした。夜の中に黄色い葉がいくつも小さく舞い上がる。それでも気持ちは収まらない。もっとたくさん蹴散らしたい気分になり、イチョウのそばへ行こうとして――足を止める。
「……あれ?」
思わず声を漏らしていた。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
その一言の方が、「別れよう」という言葉よりもずっと深くわたしの心に突き刺さった。大きくえぐられたわけではないけれど、存在を無視することのできない傷を残していった。わたしが普段気づかないふりしている部分にまで届いてしまったから。
わたしはわたしなりに、精一杯彼のことが好きだった。でも、「別れよう」という言葉よりもその一言に傷ついているくらいだから、彼がそんな疑念を持つのも仕方がなかったのかもしれない。
――仕方がなかったのかもしれないが、つき合っていた頃から二股していた男が「本当に俺のこと好きなの?」なんてセリフをぬけぬけと言う資格などあっただろうか。いや、断じてない。
「あんただってわたしのことホントに好きだったのかってんだ。バカヤロー!」
ジョッキの三分の一ほど残ったビールを一気に流し込むと、静香はそれを叩きつけるようにテーブルに置いた。
「はいはい、そうよね。静香の言うことはもっともだわ」
テーブルを囲む友人のひとりが、少々ろれつが回らなくなってきている静香をあしらうような相づちを返してきた。
「そもそも人のことろくに名前で呼びやしないで、最後まで『おまえ』呼ばわりだし。わたしには寺島静香っていう立派な名前があるのよ。彼女の名前ぐらいちゃんと呼べよ!」
静香は握り締めた割り箸を、怒りにまかせて厚焼き卵焼きに突き刺す。
「うっかり浮気相手の名前で呼んだらまずいからだったんじゃない?」
別の友の鋭い意見に静香は目をぱちくりとさせる。そして、あっという顔をしてから机に突っ伏した。
「なんで気づかなかったんだろう! 悔しいぃ!」
「忘れることよ。あんな男のことはさっさと忘れて、次の恋を見つけるのよ」
「次はきっと、静香のこと大事にしてくれる人が見つかるって」
「うん、そうだね。みんな、いいこと言うわ。――よし、もっと飲もう!」
顔を上げた静香は、注文のために呼び鈴を押す。
思いの外あっさりとしている静香を、友人たちが少し呆れた目で見ていたことに彼女は気づいていなかった。
○
耳元で小さな音をたてて風が吹き抜け、静香は身震いした。
アルコールがだいぶ入ってほてってはいるが、夜は冷える。商店街からここへ来る途中にあった並木のイチョウの葉は、どれもすっかり黄色に変わっていた。秋はそれくらい深まっている。寒いはずだ。
だけど身体的にだけでなく心までも寒い気がするのは、きっと失恋して間もないせいだ。
ふられた憂さを晴らすため、友人を巻き込んで先程まで居酒屋でヤケ酒をあおっていたのだが、終電前にお開きとなった。友人たちとはお店の前で別れ、静香は迎えに来てくれる兄を待つため、神社の前へ移動していた。居酒屋のある駅前の商店街は、車両進入禁止なのだ。
商店街と神社はそれほど離れていないし、神社の前は道幅があって車を寄せやすい。駅周辺に用事があって出掛けたとき迎えに来てもらう、なじみの待ち合わせ場所だった。
兄に携帯電話で迎えを頼んだのは五分ほど前。「こんな遅い時間に人を使うな」などと電話口で一通り文句を言うものの、ちゃんと来てくれるのだからありがたい。それでも、待つ身としては五分とは言え長く感じるのは事実だ。
自宅からだと、まだあと十分は待たねばならない。それまでぼけっと突っ立って待っているのも暇だ。
静香はやや覚束ない足どりで鳥居をくぐった。兄が来るまで境内を歩こう。ほろ酔いの二段階ほど上の状態である静香を見たら「フラフラになるまで飲むな」と兄が口うるさく言うだろうから、酔い覚ましをしておくのだ。
もうすぐ日付が変わろうとしている境内は、当然だが人気はなかった。ぽつんぽつんといくつかある照明はその足元と、社務所や拝殿、その後ろにある本殿などの建物を夜の中にぼんやりと浮かび上がらせている。しかしこの薄暗い景色の中でもはっきりとした存在感を放っているのは、拝殿のすぐそばにある大きな二本のイチョウだった。どちらも樹齢数百年になるという神社のご神木で、寄り添うように生えている。夫婦銀杏と呼ばれている、雄株と雌株だ。拝殿のそばにある照明では、そのてっぺんまで照らすことはできていない。それくらいに二本とも背が高い。
静香は夫婦銀杏から、拝殿、後ろにある本殿、更にその向こうにある建物に視線を移していった。
本殿の向こうには、味気ない箱のような建物が黒々とそびえている。神社の背景には似つかわしくないように見えるが、仕方のないことだろう。
神社の裏手にあるのは高校だ。そこは静香の母校でもあった。卒業して二年、母校の校舎を見ても「懐かしい」と思わないのは、ここで迎えを待つ間、何気なく眺めていることが多いからだろう。
本殿の裏には神社と学校の境界を示す柵があるのだが、その柵の一部が人ひとりがくぐり抜けられるくらいに壊れている。昔から壊れているらしく、今もたぶん修理されていない。
静香の通っていた高校には、境内にある夫婦銀杏の下に意中の相手を呼び出して告白すれば成功する、というジンクスがあった。その由来は、神社で売っている恋愛成就のお守りにあるらしい。
静香も、そのジンクスを実践したことがある。
高校一年生最後の日、同じクラスにいた好きな男子を夫婦銀杏の下に呼び出して告白したのだ。静香の想いは彼に通じて晴れて交際することになり、その日は嬉しくて何時になってもなかなか寝つけなかった。――その後、二年生の夏を迎える前にふられてしまったが。
(告白する前の日、お守り買ったんだっけ)
この神社ではご神木である銀杏の実を乾燥させたものが小さな袋に入れられお守りとして売られているのだが、それは女性用。男性用もちゃんとあって、そちらには雄株の枝が入っている。夫婦銀杏の一部を使っているから、恋愛成就のお守りというわけである。
そのお守りを持って告白すれば成功率がますます上がると聞いて、静香は買い求めたのだ。告白したあと、彼も男性用のお守りを買って、これからよろしくと言って二人して照れたことを思い出す。
あのお守りは、今はどこへいっただろう。交際は半年も続かず悲しい思いをしたが、お守りは捨てられずに取っておいた……はず。確か引き出しの奥深くに入れて、そのままだった。
捨てられなかったのは、初恋ではないが初めてできた彼氏だったからだ。それから数人とつき合ったり別れたりを繰り返していくうち、初めての彼氏にまつわる思い出の品は記憶の奥底へ追いやられたのだろう。
ふられたあとはしばらくへこんでいて、この神社に近寄ることも、ご神木を視界に入れることもいやになっていたのに、今はもうすっかり平気になっている。失恋の痛手は時の流れが癒やしてくれるものなのだ。今度のことだっていずれ傷は癒え、痛みも忘れてしまうだろう。
――本当に俺のこと好きなの?
二股男の言葉が不意に甦った。
失恋の痛みを忘れてしまうということは、本当はそんなに好きではなかったからかもしれない……。いや、そんなはずはない。告白されたときは嬉しかったし、ふられたときは泣いたし、二股されていたと知ったときは怒りもした。
別れ際に余計なことを言われさえしなければ、こうも心がささくれたように痛むことはなかったのに。
静香は八つ当たりに、みっしりと敷き詰めたように落ちているイチョウの葉を蹴り散らした。夜の中に黄色い葉がいくつも小さく舞い上がる。それでも気持ちは収まらない。もっとたくさん蹴散らしたい気分になり、イチョウのそばへ行こうとして――足を止める。
「……あれ?」
思わず声を漏らしていた。
《以下、紙ふうせん第三号に続く》
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